kensyou_jikenboのブログ

yahoo!ブログの同名ブログを移行しました

由利氏記事再検証2 「浮上しはじめた「撤退論」(前半)」

文藝春秋9月号記事と考察続き。
------------------
浮上しはじめた「撤退論」(前半)
 問題は足場だけではなかった。設計JVに参加した現役設計士によると、今回のようなキールアーチを使う建築方式を業界用語で「S造」と呼ぶという。特徴としては、「いったん地震に遭うと、揺れがとにかくひどい。二本のアーチがしなり出すとなかなか止まらず、二本の間に張り巡らせた天井膜が引きちぎれてしまう懸念すらあった」と打ち明ける。
 他の東京五輪施設では、「SRC造」という、より強度の高い工法が主流になりそうだ。メーン会場が強い工法を使わなくてどうするのか。
 「設計三社の間からも徐々に『ザハ案、ヤバイよな』と耐震性を不安視する声が出始めた。でも、日建設計は結局、ダンマリを決め込み、他の二社も『うちは構造担当じゃないから』と逃げを打ち、どこも会社を挙げて危険性を訴え出ようとはしなかった。日本を代表する三つの設計事務所は、これだけの国家的大プロジェクトで時計の針を巻き戻す勇気がなく、頰かむりをしてしまったんだ」(前出の現役設計士)
 技術協力に入った施工業者など、多くの人物が危うい構造設計を目の当たりにすることになって、ようやく不安視する声が漏れ始めたのだった。
 二〇二〇年東京五輪は、東日本大震災から九年後。復興した日本の姿を世界にお披露目する舞台だ。そのメーンスタジアムは、災害に強い建築技術を世界に伝えるメッセージでなければならない。キールアーチが変えられないなら、弥縫策と呼ばれても、打てる手をすべて打つしかない。実施設計に関わったゼネコン所属の技術者が、こう打ち明ける。
 「競技場としては世界に類のない試みとなりますが、巨大な免震装置を土台部分に多数設置し、揺れを防ぐ設計に変更しました。これが、さらに膨大な費用を生む要因になった」
 対策はこれだけではない。この技術者が続ける。
 「キールアーチの足元にかかる荷重を少しでも減らすため、側壁自体に柱のような機能を持たせられないか検討しました。壁の素材の『カーテンウォール』に強度を持たせる研究と開発を大手建材メーカーに打診しました。キールアーチに載せる開閉式屋根の骨組みに、軽くて丈夫なチタンを使うという提案も出ました。屋根の施工を担当する竹中工務店ドーム球場で同様の施工実績を持っていたからです。ところが試算した結果、高価なチタンを使うとさらに数百億円の上乗せになった」
 スケールの大きい斬新なデザイン性と、この国に欠かせない耐震性の双方を実現しようとすれば、もはや総工費三千億円の大台突破は免れない。検討を真剣にやればやるだけコストはかさみ、机上の空論に近づいていった。

------------------
[考察]
(6)<設計JVに参加した現役設計士によると、今回のようなキールアーチを使う建築方式を業界用語で「S造」と呼ぶという。特徴としては、「いったん地震に遭うと、揺れがとにかくひどい。
→「S造」は「主体構造を鉄骨で建築する構造。スチール構造の略」になる。確かにキールアーチも鉄骨ではあるが「キールアーチ構造」で通るはずで、「S造」ではもっと広い意味になってしまう。専門家がわざわざ曖昧になるよう言い換えるだろうか。実際今まで色々資料や記事を見たが、「キールアーチ」を「S造」と呼んだ例は見たことがない。由利氏もこの点に関しては用語理解が違っていたと解釈した方が辻褄が合うような気がする。
それに対して「基本設計書」のスタンド構造には明確に「S造」と書いてある。
イメージ 1
他の東京五輪施設では、「SRC造」という、より強度の高い工法が主流になりそうだ。メーン会場が強い工法を使わなくてどうするのか。>という記述も併せて考えると、建築士が言ったのは「スタンドはS造よりSRC造にすべき」との趣旨のようにも思える。
ただし、<二本のアーチがしなり出すとなかなか止まらず、二本の間に張り巡らせた天井膜が引きちぎれてしまう懸念すらあった」>は明らかにキールアーチのことなので、ここでの「S造」がキールアーチとスタンドのどちらを指しているかは今のところ不明。

(7)<キールアーチが変えられないなら、弥縫策と呼ばれても、打てる手をすべて打つしかない。
→「弥縫策」が何を指すかということになる。キールアーチに対する弥縫策として今回ですぐ思いつくのは「アーチタイ追加」。
しかし、<「競技場としては世界に類のない試みとなりますが、巨大な免震装置を土台部分に多数設置し、揺れを防ぐ設計に変更しました。>となっているので、柱の土台全部に免震装置を付けた「基本設計書」のスタンド構造を弥縫策と解す方が妥当のように思える(これが前項のスタンド「S造」とも関係するか)。
ただし、「アーチタイに免震装置を多数付けてキールアーチの揺れを防ぐ」という手段も考えられなくはない。だが由利氏記事は昨日紹介したようにキールアーチ両端支持問題の理解は非常に正確。アーチタイの問題も認識していれば記事中で的確な説明が行われたことが推察される。
よって今のところ由利氏記事にはアーチタイの話は含まれていない可能性が高いと考えている。

(8)<『カーテンウォール』に強度を持たせる>案や<チタンを使うという提案>は、技術的困難さやコストアップのために検討のみで実際には行われなかったと想定。

以上
[追記]
日経アーキテクチュア2015年10月10日号 <特集 「新国立」破綻の構図>”を見てみた。まだざっくり見た段階であるが、注目しているアーチタイに関する記述を探してみると、同記事の目玉と思われる「ザハ事務所スタッフが語る」(ザハ事務所 東京担当者 内山美之氏インタビュー)には無かった。

しかし、[図解]の方に以下の記述があった。
国際デザイン競技の時点では、アーチの両端をコンクリートのブロックなどで固定する支持方式を考えていた。基本設計の初期段階で免震構造の採用の可否に関わらず、アーチタイを採用する方針となったという。

発言者は書いてないので、これが内山氏なのか他の人物かは分からない。
しかも「基本設計の初期段階でアーチタイ採用方針」という、基本設計書の内容とは異なることが述べられてる(基本設計書にアーチタイがないことは断面図でも確認済)。ますますミステリー化してきた(笑)

追記以上