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由利氏記事再検証1 「立ちはだかる二つの難題」

このところ検証委員会報告に基づく考察を行ってきたが、それで得られた知見等を由利氏記事と突き合わせながら同記事の再検証を行っていく。
文藝春秋2015年9月号記事を引用し後で抜粋して考察するが、全文は是非Kindle版でお読み頂きたい。
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立ちはだかる二つの難題
「『ザハ案では、震度七に耐えられないんじゃないか』とごく内輪の関係者の間で大騒ぎになっている」
 昨冬、筆者の取材にこう打ち明けたのは、新国立競技場の建設事業に関わているゼネコンの関係者だ。
 当時、日本を代表する設計事務所三社の入るJV(共同企業体)が、ザハ氏のデザインを基本設計図に起こしていく作業をようやく終え、施工用の、より詳細な設計図に落とし込む実施設計の段階に入っていた。
 三社とは、スタジアム全体の骨組みなど構造設計を担当する業界最大手の日建設計、内外観など目に見える部分の意匠設計を担当する梓設計、そして空調や給排水などの設備設計を担当する日本設計である。
 なかでも、強度を司る構造設計を受け持つ日建設計は、斬新なデザインに彩られたこの巨大建造物の耐震性をどこまで確保できるか、苦しみ抜いていたという。事実、基本設計は昨春完成の予定だったが、ズルズルと何カ月もずれ込んだ。
 そして昨冬。施工の元請け候補としてJSCと技術協力契約を結んだ大成建設竹中工務店が、設計JVと話し合いを始めた。すると、にわかに耐震性に懸念が出てきたのだ。
 施工業者の話を総合すると、問題とされたのは、「キールアーチ」と呼ばれる二本の巨大な弓状の鉄筋構造物だった。全長三百七十メートル。縦に長い競技場の天井を走る「梁」に当たるが、どちらかといえば、河川に架かる大きな橋のイメージだ。
 新国立競技場は大空間を演出するため、柱が一本もない。この二本のアーチが、屋根のみならず、屋根の周縁に寄りかかるように施工される側壁の重量も支える設計だ。
 二本のアーチの足元は計四カ所。屋根、側壁、そして約三万トンとされるアーチそのものの強烈な荷重がこのたった四本の足に、すべて圧し掛かる構造になっていた。「しかも二本のアーチは地面に垂直には立っていない。向き合うアーチは、上の方が互いに開いて反り返るような形になっている。つまりアーチ一本一本は地面に斜めに突き刺さる格好になっていて、自ずと足元は不安定になります。足元を強固にするためには、巨大な基礎杭を地面に深く打ち込む必要が出てきた」(前出のゼネコン関係者)
 ところが、さらに二つの難題が立ちはだかる。
 「地下三十メートルに地下鉄大江戸線が走っているため、地中深くに基礎杭を埋め込むネックになるという点がひとつ。
 もっと深刻だったのは、競技場のある神宮外苑一帯が元々大きな森だったところで、いまも地下には沢が流れており、地盤がもろい土地柄だという点でした。そうした場所で杭を固定するためには、地中にコンクリートを大量に流し込み、土台を安定させる必要が出てきた」(同前)
 ザハ氏の事務所は、白紙撤回の元凶にキールアーチが挙げられたことに反論し、「(地震の多い)東京で建物を造るコストは、地震のない地域とは比較にならない」と主張したが、事実の一端を言い当てている。
 「海上に空港を建設する時くらいの膨大なコンクリート作業になる」設計現場に携わる一人は、思わぬ難工事をこう例えた。実施設計を進めれば進めるほど、費用は日々百億円単位で膨れ上がっていった。
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[考察]
(1)<強度を司る構造設計を受け持つ日建設計は、斬新なデザインに彩られたこの巨大建造物の耐震性をどこまで確保できるか、苦しみ抜いていたという。
日建設計の担当者がこのような状態であったことは想像に難くない。苦しんだ中で弥縫策に走り、そこから出てきた新たな問題を解決できないままゼネコンに投げてしまったのではないか。このような経過が迷走の直接的原因という気もする。日建設計のマネジメントはどうなっていたか。

(2)<「足元を強固にするためには、巨大な基礎杭を地面に深く打ち込む必要が出てきた」(前出のゼネコン関係者)
→これだとゼネコン関係者も両端支持問題は正しく認識していたことになる。アーチ構造の基本中の基本であるから当然と言えるが、それで対策としてのアーチタイ追加も日建設計との間で充分検討され着工できる設計になっていたら、実施設計の変更点説明などに明確に反映されそうなもの。実施設計の実態は一体どうなっていたか。

(3)<さらに二つの難題が立ちはだかる。「地下三十メートルに地下鉄大江戸線が走っている・・・
→森山氏が提起した問題もゼネコンは知っていたことになる。日建設計も知っていた可能性は高く、アーチタイの発想はやはり森山氏ブログからか。

(4)<そうした場所で杭を固定するためには、地中にコンクリートを大量に流し込み、土台を安定させる必要が出てきた」(同前)
基礎杭は検討されたが、巨大さと地盤の緩さがあって敷地内で実現不可能と判断されたと想定される。しかし、由利氏記事にはアーチタイと云う言葉はなく、それを想起させる記述も見られない思う。この点は非常に重要と考えている。
当方で今推測できるのは、やはりゼネコンは「アーチタイ追加」ではなく「基本設計書」の構造認識を得ていて、「スタンドで屋根を支持する」手法で検討していたのかと云うこと。

(5)<実施設計を進めれば進めるほど、費用は日々百億円単位で膨れ上がっていった。
→表現に誇張はあったとしても、これに類するような状況が有ったとすると、費用高騰は資材や労務費の上昇だけではないことになる。しかし、竹中ヒアリング結果に出ているのは調達価格の話で、その中でも特に「鉄骨の単価」。この点は由利氏記事と違いが出ていて原因は今のところ不明。
<設計JV、JSC、発注者支援者らと何故この金額だという形で協議していたが、(見積もりを取っていたところより安く調達が可能な)他の業者がいるのだったら、是非紹介してほしいなどの会話を繰り返しながらやっていた。大きな食い違いがあったのは、鉄骨の単価だった。>

以上
[追記]
「 建築文化週間2015 」の企画として開催された”建築夜楽校2015第一夜 「日本のコンペティションは、このままでよいのか?」 ”(10月2日)の講演録が出ている。

非常に興味深い内容で今後全部検討していきたいぐらいだが、ざっくり見た段階で特に注目したのは土居氏という方が「文藝春秋記事」を取り上げておられたこと。『日本の思想』としての新国立競技場コンペ 土居義岳(九州大学大学院芸術工学研究院教授)”の中で、次の発言記述がある。
報道(『文藝春秋』2015年9月号「新国立競技場 遅すぎた白紙撤回」)が伝えるところによれば、ゼネコンは、建設費高騰や技術的不可能性というかたちで危機を表明し、JSCをスルーして、政府の中枢にもの申した。政府は、文科省もJSCも管理能力なしと判断して、白紙撤回と判断したということのようである。>

一般的に認識されている「建設費高騰」だけでなく、本文でも取り上げた由利氏記事が明かしている「技術的不可能性」に言及されており、ようやく森山氏以外の建築家からも「建てられなかった」という核心へのアプローチの兆しが見られた気がする。(ただし今回の論考では最終的に「設計と施工」という二項対立の構図に埋め込まれ、「技術的不可能性」に対して御自身の明確な見解は出されていないようである)

更に<キールアーチが「日本の技術力」の象徴であるという短絡が生じた>という指摘も問題の本質につながる面があると感じている。後日もっと詳細を書きたいと思うが、今言えるのは建築家の方々は専門家として文藝春秋記事に対するスタンスや見解を示してから今回の問題を語っていただきたいということ。
詳細な内幕が出ているのに、これを抜きにして問題を語っても空虚な論議になりかねない。また同記事の信憑性判定は課題となるから、建築業界の情報網で建築家の方々が同記事を検証してみるなどの取り組みも欲しいところ。

追記以上