スタジアム設計家「上林 功」氏見解に関して
昨日産経新聞に以下の記事が掲載された。
”故ザハ・ハディド女史が訴えてきた「著作権」に効力はあるのか? 建築家・上林功” 2015.4.13 産経新聞
一口で言ってしまうと「突っ込みどころ満載」と思えるので考察。ただ満載過ぎて、どこから取り上げようか迷うぐらいのため、まず流用問題への当方のスタンスを改めて記す。もし裁判になった場合として、簡略に○✕で以下の結果を想定し説明する。
①流用は認定されるか…○ (ただし内部構造の流用)
②著作権・損害賠償等による請求は認められるか… X
③裁判になることで日本側に悪影響が出るか… ○
まず③から述べると、異例の裁判に持ち込まれることで日本政府の対応に内外から批判が出ることは確実。それだけで政府としての恥になる。加えて①が認定されるとメンツ丸つぶれで隈氏も虚偽主張となる。計画続行さえ赤信号がともりかねない。よってJSCとバックの日本政府は何としても裁判回避で取り組むから、裁判になることは無いというのが当方の一貫した見方。また、ZHA側も裁判だと基本構造設計の問題を持ち出される懸念もあるだろうから、双方の思惑は裁判回避で一致する。
①については、今まで「外観が違う」という一般の方の意見は見かけたことあるが、隈氏以外に「全く違う」という見解は寡聞にして知らない。逆に「似ている」「同じ」という反応が圧倒的で、先日紹介した海外専門家の判定などもあるが、国内専門家では英字紙に槇氏と鈴木エドワード氏のコメントがあった。「Japan Times」1月29日記事における両氏のコメントは以下のようなもの。
<槙氏のコメントは「I'm not sure it's a copy」(英文まま)とあり、もう一人コメントをしている建築家の鈴木エドワード氏は、はっきりと「似過ぎている」と言っております。>
槙氏は明らかにオトボケで、普通に見たら「似ている」か「同じ」になると思われるが、何と上林氏は「2案は全く違うアプローチ」と正面切って述べてきた。しかも、「スタジアム設計について設計実務者の視点から発言」とスタジアム設計に詳しいことを前提にしての表明。
ただし、同氏の主張は根本的な所から色々な穴が有ると思う。例えば類似性の項目例として<「柱位置の類似」「観客席配置の類似」「スタンド傾斜の類似」>を挙げて、「条例等の規定により似通ったものになる」という説明をしている(隈氏と同趣旨)。
しかし、その説明に図が全く無いのはどうしたことか。例えば以下図を出したら、「条例等の影響でここまで似たものになるか?」という疑問が出てくると思うが、明確に答えられるだろうか。是非次は発表する媒体を変えてでも図を出してご説明をお願いしたいと思う。
しかも他にも類似性の項目と図は沢山あって当ブログでも出しているが、それらへの言及はない。類似点の多さも流用指摘の大きな根拠になる。紙面の制約があるとしても、部分的に取り上げて他は全く無視では流用無しの証明にならない。ちなみに「悪魔の証明」ではなく、少なくとも「類似性指摘がある項目については流用でないことを説明する」ことが必須。もし裁判になったら、そのようにしないと反論にならない。
②に関しては、上記のように③で双方の思惑により裁判にはならないと見るし、もしなったら①が認定されただけで隈氏は虚偽がバレる。日本政府は内外に恥を晒すので、②を考えるまでもないというのが当方見解。それでも、「②で可能性が無ければ、ZHA側は訴訟自体を起こせないのではないか?」というような疑問も有るかも知れない。訴訟に関してはJSCの鬼澤理事(当時)が以下のように述べている。
”新国立問題、JSC「デザイン変える方がリスク大」”日刊スポーツ2015年7月13日
< 世論で叫ばれている「デザイン変更」には、大きな障壁があると鬼沢佳弘理事は説明する。
「変更すればこれまでの設計は使えなくなる。知的所有権に抵触するからだ。
仮に変更案が工期内に完成できるとし、現デザイン監修者ザハ・ハディド氏と契約を打ち切った場合、これまでの出来高13億円を支払う。 その上、損害賠償などの法的手段に訴えられる可能性も指摘した。もし、工事差し止めの仮処分が科されれば、完成しない恐れもある。
鬼沢氏はさらなる不安も吐露した。「あの狭い空間に8万の座席を収めること自体、極めて高い能力。一からやると大変。でも一部でも似た設計となると(ザハ氏が)『私の知的所有権ですよ』と言う可能性が高い」。
ザハ案を知っている人たちと契約したら、それ自体が係争を招く恐れがある。>
JSC側が色々理由を挙げて訴訟可能性に言及しているのだから、当然訴訟可能。 しかも、一番まずい「ザハ案を知っている人たち」と契約してしまっている(笑)
なお、訴訟可能なら、やはり裁判になった場合についても考えてみたいという場合には、以下の判例を参照用にご紹介。「マンション建て替えのための設計図の著作物性が争点となった事案」で基本部分に共通点が多いと思う。一審と控訴審の判決文PDFが以下HPの中にそれぞれある。
”マンション建築設計図事件-著作権 損害賠償請求事件判決” 2014年11月7日判決言渡
”マンション建築設計図事件(控訴審)-著作権 損害賠償請求控訴事件判決”2015年5月25日判決言渡
争点は三つだが、損害額の項目を除くと以下の二つ。
(1) 被告図面は原告図面に依拠して制作された複製物ないし翻案物か
これは前述の①と②に丁度対応して、非常に良い例になると思う。
① = (1)…図面が流用(複製・翻案)されているか
② = (2)…著作権の権利行使が出来るか
肝心の判決は、一審・控訴審ともに(1)(2)とも原告側の訴えが認められず完全敗訴で、今回に当てはめれば原告になるZHA側敗訴。だったら日本側は訴えられても問題ないと納得される方もおられるかもしれない。しかし、事はそう簡単ではない。
この裁判は、今回と似ているようで大きく違うところが有る。特に「流用(複製・翻案)」に関する事情が異なるので対比しながら考察。
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(ⅰ)被告側設計会社は原告の図面を見ていない(被告側主張)
<被告側設計会社は,被告Aらとの協議において,マンション設計の条件については示されていたが,原告図面を提示された事実はない。>
→これが最重要。「複製・翻案」されたかどうかは、まず被告側が原告図面を見る、或いは入手することが可能だったか?というところから検討する。
当該裁判の場合では被告側は否定している。一方、新国立競技場ではA案関係者がザハ案のCADデータまで入手できる立場だった。ここが大きく異なり、新国立競技場の場合は裁判になってみないと分らない。
最終的には裁判官の心証次第になるが、「容易に入手できる図面と非常によく似ているのは偶然とは考えにくい」となる可能性はあるだろう。上林氏の流用に関する論考はこういう肝心のところを抜かしているように思う。また、JSCが「旧計画(ザハ案)成果の最大限活用」意向を示した議事録があり、流用への影響はどうかと云う問題も有る。
(ⅱ)原告図面の内容(裁判所判断)
<原告図面は設計図面とはいっても極めて概略的な図面であり、・・・ およそ完成後のマンションを観念することが不可能な図面にすぎない。>
→この点も異なっていて、ザハ案の図面は詳細まで出来ていた。
当該裁判の控訴審判決文に以下の間取り図面が載っていて、図面のレベルが大きく違う。その点ザハ案とA案は共に完成度が高い図面になっている。
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このような事情を上林氏は考慮した上で論考しておられるのだろうか。
しかも同氏記事に(類似性の)「引用記事」という文言が有って、当ブログの類似性記事を見ている可能性あり。そうなると例えば「スタンド形状のサドル型とフラット型」は、キールアーチ有無で説明がつくことも解説してあるが考慮されていない。また伊東氏も指摘している地下1階トイレ等配置の高い類似性も説明されていないし、当方指摘のスタンド輪郭等CADデータの一致可能性も触れられていない、etc。
今後の推移を見て、これらの詳細を書くことも考えたいが、本日分でも特に「A案関係者はザハ案CADデータ入手が極めて容易だった」という条件を付けて上林氏に再考して頂きたいところ。
また、著作権の方に関しても上記では仮に②にXをつけてみたが、判決文を見ても、そうならない場合も有り得そうなのでいつか書いてみたい。
以上
[追記]
上林氏が、ご自身の意思でこのような論考をされたのか、依頼されてお書きになったのかは不明だが、説明が抜けている項目や条件の多さはご自覚が有るのだろうか。今後続報が有ったり、別の機会に説明されるのか。経歴を見させて頂くと、MAZDAスタジアムの設計にも関わられている(参照”理想的なスポーツスタジアムの作り方”)。
これで余計に違和感が増す。スタジアム設計のプロが見て、「流用ではない」との明言は唖然とするばかり。本来一番分るはずなのに、図も出さずに全否定しておられる(図を出したら否定困難になると思われるが)。一体どうなっているのだろうか。
それでもA案陣営にとっては貴重な援軍なのかも知れない。A案の進行状況は見えないが、着々と設計が進んでいることは間違いない。しかし、聖火台問題はさて置いても、以下のような問題が次々に発生している。
”新国立に暗雲? 財源のtoto売り上げ確保に危機感”2016年4月13日朝日新聞
<昨年度の売り上げは、前年度比23億円減の1084億円>
微減とはいえ、新国立競技場騒動と、その建設費をtotoで補てんする話の本格的影響が出てくるのは今年から。高騰した建設費の穴埋めというイメージがついて今後どうなるか。
”「神宮球場使用中止」を要請する五輪組織委の傲慢”ダイヤモンド・オンライン 4月12日
<まず使用する側に補償や代替球場などを含めて提案し、協力を得るのが筋というものだ。五輪は国家的事業だからといって、そうした手続きを怠る組織委の姿勢は傲慢といわざるを得ない>
日産スタジアムに必要な改修を行っても、全体としては費用も納期も改善され警備もしやすくなる。早く変更を決めて横浜の方の整備にも力を入れた方が良い。その場合、名称は東京オリンピックのままか、或いは開閉会式も日産スタなら東京・横浜オリンピックか。前例がなくともIOCに頼み込んで認めて貰うようにしないと先行き不安は拡大するばかり。背に腹は代えられない。五輪を何とか成功させるためには、メインスタジアムと森会長の早期チェンジが妙手。
追記以上