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「iesys.exe作成出来たかどうか」と作成時間

「追うブログ」さんはその後記事をお書きになっていないようで、先月記事で前触れもなく「非論理的で多く間違っていた」と強く非難した対象が当ブログ以外というような表明も特に無いようである。それで対象は当ブログと想定し、「追うブログ」さん記事の他の部分も参照させて頂いて、これまで書いてきてもなかなか他者に伝えきれてなかったと思われる部分を再説明をしておこうと思う。

本日はまずiesys.exe作成の件。
「追うブログ」さんの3月15日記事で以下のように記述しておられる。
<受刑者がiesys.exeを作成することができるかどうか、ネット上でも意見が分かれていたが、実際に受刑者は作成していたので、結果的には、作成可能、又は作成できるかどうか不明という意見が正しかったことになる。
しかし、技術者の中には、受刑者の業務経験と能力を知らず、iesys.exeの詳細も分からないのに、一定の見識がある者という立場から、受刑者には作成できない可能性が高いと言う者もいた。>

これは「技術者の意見」という項目の中の記述だが、同項全体をみても「作成に要した時間」に関する言及は全く無い。
それに対して、当方は単に「作成できたかどうか」だけでなく、「時間」が重要ということを何度も書いてきた。例えば、”隠れた真実8~13”の中の”真実12 「ソフト流用の流用」”である。

「egservice」というソフトがiesys作成以前にあり、これ自体もネットから流用が多かったようだが、更にそれをiesysに流用したので短期間で開発できたというからくりである。(つまり、egseiviceという流用の多いソフトを更にiesysに流用したという「流用の流用」…ただしegserviceの位置付けは真犯人メールで初めて説明されたようだが、実際には警察・検察は事前把握していたのか、又egserviceのコードや実行形式は有るのか、有るとしたらどのようなものかも不明)

検察側は開発期間について「6月下旬までに開発を始めた」と冒頭陳述で述べたが、そこから7月下旬のiesys供用開始までの約1ヶ月で開発したことを示唆していることになる(8月迄バージョンアップは有り)。更にその開発期間においては「業務に殆ど従事していない」ということを主張して、開発できたという裏付けにしているようである。
つまり、検察側は例えば警察の新井証人が述べた「自分で開発するとしたら1ヶ月程度」というような時間感覚を認識していて、その上で主に乙社PCでiesys含むトロイソフトを開発したとするには、6月下旬から7月下旬にかけて「乙社の業務に殆ど従事していない」という条件が必要と考えて、証明する証拠を用意していたと想定される。

このように検察側も開発に要する時間のことは意識していたが、「追うブログ」さんの見解には全く出てこない。当方は仕事でも経験したが、確かに技術者でも時間の観念が薄い人は多く見られる。「追うブログ」さんが取り上げておられる技術者の方々も、時間の話はしていないようである(特にソフト開発技術者は普段から「工数」や「人月・人日」というような時間的考え方がすぐ分かるはずなのだが)。

しかし、実際の考え方は簡単。
例えば、「片山氏にiesys出来るかどうか」の議論において、「出来る」と言う人には「では1日で作れると思いますか?」と当方なら聞く。当然「それは出来ない」と言うしかないだろう。
つまり、「出来る」と言う人も、時間の要素を加えたら「出来ない」となるわけである。そして「1日では無理だが、1週間、2週間、…1ヶ月、…」と考えていって、どれぐらいの期間ならできますか?と云うことになり、時間の見解が出てくる。このように例えば「1日」という実際にはあり得ないが、思考としては想定可能な「極限状態」を考えて見れば良いという簡単な話。ただ、こういう思考方法を伝えるのが難しいということは、仕事でも重々経験した。

さて、裁判の方に戻って、検察側は開発想定期間に「業務にほとんど従事していなかった」という証拠を乙社内の電子記録等で持っていたようである。しかし、2014年10月第17回公判で野間氏は検察側の証拠解釈について誤りの可能性を指摘し、更に反証として自らが解析した「業務に従事していた証拠」を出していた(当方傍聴)。
本来は2014年6月以降の弁護側反証フェーズでこの論議がもっと突っ込んで行われたはずであるが、実施されなかったので、検察側・野間氏双方の主張の最終的真偽は当方も不明。しかし、片山氏証言では主に自宅開発ということで、乙社に「それなりの成果物」が残っていたという方が真実と考えられ、野間氏主張が相当有利だったと推測できる。

ここで、「追うブログ」さんの裁判の行方に関する見解を考えてみると、「有罪になる可能性が非常に高かった」ということであるが、弁護団反証フェーズはどう考慮されているか?という疑問が当方にはあった。それが以上の考察から或る程度見えてくるように思う。

「追うブログ」さんは「iesys出来たかどうか」について時間の要素を全く書いておられないし、反証フェーズのこともお書きになっていない。これは時間のことを書くと、反証フェーズにも注目せざるを得なくなって、「有罪になる可能性が非常に高かった」と云う基本主張を維持できなくなる可能性が出てくる。それを避けるためには、無意識か意識的かは別にして、時間の要素の話を出さないという選択になる。こう考えると辻褄が合ってくるように思う。

「追うブログ」さんも2月4日記事で「人間は物事を見たいようにしか見ないという一面があるということを実感させられた事件だった」と書いておられる。それがご自身にもそのまま当てはまっている状況のようにも見える。
ただし、当方も含めて、人はこのような状態に陥りやすいものではあり、人間の認識の仕方についても考えさせられた。これまで何度も述べてきた「本事件から得るものの奥深さ」を感じるとともに、それを改めて考える機会を作って頂いた「追うブログ」さんに率直に感謝したい。

なお、検察側主張は前述のように「6月下旬までに開発を始めた」であるから、野間氏反証への再反論が難しくなったら、「6月下旬より前に開発していないとは言っていない」という主張にすることは考えられる。だが、「後付け」と弁護団や世論からも厳しい批判が当然出るし、iesys作成という核心部分に関する主張を変えれば検察側立証に「合理的疑い」が生じることは避けられなかっただろう。

以上