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 ハイジャック防止法違反の典型的行為とは?

江川氏ツィッターハイジャック防止法関係の判決傍聴内容メモがある。
<弁護側はJAL事件について、他の事件と本質は同じとして、ハイジャック防止法で重く処断することに反対したが、判決は、具体的な脅迫メールを送った結果、航空機が引き返したことなどの悪質さを指摘し、「本件は航空機の運行阻害という犯罪類型が想定した典型的行為」と退けた>
<また判決は、前回の事件で服役し反省の機会があったのに、手口や態様をエスカレートさせ「犯罪傾向は明らかに深化している」と批判。一方で、JAL事件は、運行阻害の中でも最も重い部類に入る、とした検察側の主張は、「疑問が残る」として退けた

脅迫メールに関しては、検察論告が主張する「具体的」とは言えない内容であることを、これまで記事で書いてきたが、裁判官も「具体的」と言ったようである。
裁判官まで日本語の使い方を曲げるのか、と非常に残念であるが、(第四条の)「典型的行為」と言ったのにも驚く。第四条は次のようになっている。
(航空機の運航阻害)  第四条   偽計又は威力を用いて、航行中の航空機の針路を変更させ、その他その正常な運航を阻害した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。

これに対してメインの第一条は以下である。
<(航空機の強取等) 第一条   暴行若しくは脅迫を用い、又はその他の方法により人を抵抗不能の状態に陥れて、航行中の航空機を強取し、又はほしいままにその運航を支配した者は、無期又は七年以上の懲役に処する。

第一条の方は「ハイジャック犯行」の典型であり、それまでに無かった危険な犯罪であって、特別法で厳しく裁くという趣旨は理解できる。そこから類推すれば、第四条は「第一条の凶悪な犯行に準じる行為を想定」と考えられるのではないか。

具体的行為で考えてみれば、テロリストがどこかに立てこもって人質を取るなどして、「◯◯便を第三国に針路変更させて着陸させろ」と要求したらどうなるか。(○◯便には仲間が乗っているが明らかにしないなどの状況、また人質をとっているのは別罪状とする)
第一条は「人を抵抗不能の状態に陥れて」となっている。この場合は、テロリストが脅して抵抗不能状態に陥れているのは人質であって、パイロットや乗務員・乗客ではないため、第四条適用が推定される。ハイジャック防止法第四条の本来の趣旨はこれぐらいの犯行ではないか。

また、逆に軽い方を考えてみると、話題の「ナッツリターン」も副社長の強い権力による強要で引き返すことになって、正常な運行を阻害させられたのだから、日本の場合なら第四条適用か?ということになる。(韓国判決は針路変更と認定、また強要でも適用されるかと云う議論は有るだろうが正常運行は阻害している)

では本事件はと云うと、メールには交渉のための連絡先も書いていなくて、「具体的」とはとても言えないものだし、「針路変更」の要求も書いてない。引き返したのはJALの判断だが、以前も書いたように機長は「いたずらかなとも思った」と公判で証言している。

これらをまとめるとここで挙げた犯行例は以下のようになる。
 (1)飛行機に乗っていないテロリストが人質をとるなどして「針路変更」を要求した
 (2)交渉方法も連絡先も書いていない「いたずらの脅迫メール」で、針路変更要求も書いていない(本事件)
 (3)強大な社内権力で滑走路から戻させ、「針路変更」で正常な運行を阻害した(韓国判決1年)
どれが第四条の想定する「典型的行為」に近いのだろうか。
検察側と裁判官の主張だと(2)の本事件は「典型的行為」だそうだが、もし(2)が典型的で求刑10年や判決8年相当なら(1)は何年が相当なのか。

判決では<運行阻害の中でも最も重い部類に入る、とした検察側の主張は、「疑問が残る」として退けた>となっているそうである。(1)が最も重い10年だとして、それよりは軽くしたと考えれば一見辻褄が合うが、バランスとして(1)が10年としたら(2)は8年なのか?(求刑からの2年減刑の中にはこれだけでなく、反省相当分も幾らかは含まれていると推測され、2年丸々がハイジャック防止法違反軽減とは考えにくく精々1年分ぐらいか)

(1)で第三国に機体と乗員・乗客を行かせて10年なら、(2)はJAL判断で出発地には戻ったが、ずっと軽いのではないか。例えば(2)だけの犯行なら3年程度ではいけないのか(3年でも業務妨害罪の最高刑)。損害額も(2)は大きいと言うが、(1)が実際に起きたらその比ではないことは明らか。

ただ判決8年に関してはハイジャック防止法違反だけではないので、(2)だけでなく総合しての決定と言うことは出来るだろう。しかし、一番の問題は御存知の通りハイジャック防止法第四条が「初適用」であり、色々議論があることは一般人でもすぐ分かるのに、最後の論告と最終弁論の文書やりとりでしか論議がなかったことである。裁判官の訴訟指揮に問題があったと云うことにならざるを得ないだろう。

なお、本事件では公判途中まで「シロクロ」を争っていたから、ハイジャック防止法適用当否の論議を行う状況では無かったと云える。だが、もしクロであれば適用論議になることを、当方は一昨年8月記事中の考察に書いた。
”第4回公判前整理手続後記者会見1" 2013/8/24

<検察側から「弁護側は犯人性が争点としているが、被害事実とその証拠は争わないで同意するか?」という投げかけがあった>とのことであるが、いきなり被害への法適用解釈まで同意ではなく、まず「シロクロ」の論議を行ってから量刑に関する論議をするのは常識的な筋だろう。ただ弁護側と検察側は対立するから、裁判官がどのように論議するか考えて訴訟指揮することが必要になる。
しかし結果的に裁判官はクロが明らかになってからも、公判や期日間整理手続等で論議させるよう指揮をしなかった。前記事の「正式鑑定を指示しなかった」ことも併せると、当方は本事件裁判を訴訟指揮の不備で「無効レベル」と想定する。三鷹の事件でも訴訟手続き違反が問題になったようであるが、本事件訴訟指揮も相当な問題だろう。本事件を通じて日本の刑事司法の現状に触れて心底驚かされた思いである。

以上