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 二つの特別法

以前からご紹介している「マルハニチロ事件」と「黒子のバスケ事件」(以下両事件とする)では、流通食品毒物混入防止法の適用が検討されたが見送られた。本事件の起訴ではハイジャック防止法が適用された。
この二つの法律は以下のように大きな事件を受けて作られた「特別法」という点で共通点がある。(但し、流通食品毒物混入防止法の方は「特別措置法」であるが、実質は恒久的対応になり特別法同様と捉えて良いだろう)

 ・流通食品毒物混入防止法(昭和62年)…グリコ・森永事件

本事件の場合、ハイジャック防止法(以下同法)制定のきっかけとなった「よど号事件」やその後に同法が適用された事件とは様相が大きく異なり、一般的にハイジャックと呼ぶような犯行とは違う。つまり同法の正式名称は「航空機の強取等の処罰に関する法律」であるが、今回「強取」に当たるような行為は行われていない。しかも、脅迫文は連絡方法も全く書いてなく要求に対して交渉することも出来ないという、「いたずら」とすぐ分かる代物だった。
本来「偽計業務妨害」相当と考えられる事案ではないかと当方は想定する。
以下に示す同法第4条規定で検証してみると、「航行中の航空機の針路を変更させ」に関しては、「針路変更要求」が脅迫文の中には無い。よって検察側はその後にある曖昧な「その他…」部分の解釈による適用で起訴を行なったと推測される。つまり相当無理筋であり、「偽計業務妨害」の方が妥当ではないかという議論はあってしかるべきだろう。
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(航空機の運航阻害) 
第四条   偽計又は威力を用いて、航行中の航空機の針路を変更させ、その他その正常な運航を阻害した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。 
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それに対して「マルハニチロ」・「黒子のバスケ」両事件では実際に毒物混入が行われたが、毒性が低い薬物(マルハニチロ)、微量であり毒物入りの表示もあった(黒子のバスケ)というような理由で最終的に適用されなかった。
特にマルハニチロ事件では、Wikiによると不適用理由が以下のようになっている。
<流通食品毒物混入防止法違反については毒性が低いマラチオンが法律の規制毒物に該当することが困難なこと>
しかし、以下条文のように「~の毒性に類似するもの」と云う部分があるから、「類似」の解釈次第と云うことも出来るだろう。
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”流通食品毒物混入防止法”(正式名:流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法…抜粋)
第二条 この法律において「流通食品」とは、公衆に販売される飲食物をいう。
この法律において「毒物」とは、次に掲げる物をいう。 
一  毒物及び劇物取締法別表第一及び第二に掲げる物
二  薬事法第四十四条により厚生労働大臣が指定した医薬品
三  前二号に掲げる物以外の物で、前二号に掲げる物の毒性に類似するもの
第九条 … 十年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。…
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つまり、ハイジャック防止法も流通食品毒物混入防止法も解釈次第ということになってくる。まさに本事件では解釈により適用されて起訴が行われ、「マルハニチロ」・「黒子のバスケ」両事件では適用が見送られた。
この違いを弁護団は争うことが出来たと思うが、途中までは有罪無罪の争いで法律論に入る状況ではなかったことも有り、もはや最終弁論まで来てしまった。

だが、実際にハイジャックも爆発物の仕掛けも行われていない本事件で特別法が(無理筋で)適用され、現実に毒物混入が行われた両事件では検察側が慎重に判断して特別法適用を見送っている。しかも、一般国民にとっては、流通食品への毒物混入の方が影響が大きくなりやすい。
検察側の判断不整合(或いは逆転)ではないか。また時期的にも両事件は判決が今年8月で、本事件と近いのに不整合というのは納得性に欠ける。

この矛盾を議論しないまま結審させるのは余りにも問題であり、法律の専門家同士による綿密な論議が行われていると国民が想定している刑事司法への信頼を低下させる。
弁護団は最終弁論でこの「二つの特別法」の適用をめぐる矛盾を突くのだろうか。また検察側も当然言い分があるだろうから、本来は両者が法廷で充分議論すべき事柄だった。以前から述べているようにハイジャック防止法第4条は初適用であることも非常に重要。
裁判官も議論を促さなかったのは、当事者主義に頼り過ぎで訴訟指揮力不足と言われても仕方ないだろう。初適用でしかも適用に当たっては課題も多い法律条文を、論議もないまま判決で適用したら裁判史上に残る愚挙になるのではないか。

しかし、職権による情状鑑定を却下して真相解明を妨げる事態を招いた裁判官チームと云うことで、予定変更して審理延長など望むことは無理そう。だが、今後法廷はもう開けなくとも、何からの形(例えば書面やりとりなど…制度上どうなっているかは未把握)で判決までに適用是非の論議をしておくことは必須ではないか。
最終弁論での弁護側対応が注目される。

以上