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東京新聞森本記者の本

東京新聞の森本智之記者が書かれた「新国立競技場問題の真実」という新書。ざっくり見た段階で、個人的には認識済みの話が多く目新しい事実は余り見えなかった。ただ、時系列でお書きになっているので全体の流れは掴みやすく、どういう問題だったかを知りたい方には良いと思う。

概略そのような印象だが、同記者署名記事では以前からスクープと感じていて何度かご紹介した以下記事がある。
<「文科省有識者会議も助けてくれない」「日本の設計事務所は能力が低いのでしょうか」。昨年春、東京都内のJSC本部に呼ばれた建築関係者に、複数の幹部職員が弱り切った様子で切り出した。>

同記者は本の中で、この記事が生まれた背景を次のように説明している(P131~)。
----引用開始----
2014年8月のお盆前だった。新国立競技場問題で知り合ったある建築関係者から1通のメールをもらった。
その人は、JSCの幹部数人から内々に連絡を受け、5月ごろに面談したという。基本設計が予定の3月末を過ぎてもまとまらず、さらに検討を重ねていた時期である。
当時その幹部らは面談したことを絶対に口外しないでほしいと求めた上で、基本設計の取りまとめに苦労していることを明かした。「日本の設計事務所は能力が低いんでしょうか」「有識者会議の人たちは何も教えてくれません」。不満を並べた上で、何が正しい情報か分からなくなってきました。正しいことを教えてほしい」と訴えてきたという。
槇文彦さんらによる一連の問題提起にも、影響を受けているようだった。この建築関係者は技術的な問題点などを指摘すると、幹部らは計画の無謀さを認めつつ、「われわれは計画の推進が責務。それ以外の行動はとれない」と吐露したという。
・・・
私は、この話をさらに取材して記事にしたいと、メールをくれた建築関係者にお願いしたが、「私も口外しない前提で面会に応じたのだから、記事化は困る」と、この段階では認めてもらえなかった。メールをくれたのは。あくまでも「取材の参考にしてほしい」との心遣いだった。
----引用終了----

技術的問題点の内容や後日取材しての続報が出なかったのは残念だし、建築関係者の名前も今に至るまで明らかでない。ただ、以下の森本記者署名記事2本には構造設計家「渡辺邦夫」氏の名前が出ている。上掲記事も同氏なのか別の人か。

なお、上掲記事の最後の方には次のようにも書かれている。
<ハディド氏のデザインを選んだコンペの審査委員長を務めるなど、計画の中心にいた安藤氏は沈黙を守っている。だが、表向き全員一致で決めたはずのコンペの別の関係者は昨年、計画に反対する建築家にこう漏らしたという。「この計画は間違っている。つぶしてほしい」>

前述の渡辺氏はコンペに応募したが、応募者は自ら決めないから「全員一致で決めたはず」というところに当て嵌まらない。「コンペの別の関係者」は安藤氏以外のコンペ審査員や精々審査委員会出席者までになると想定される。そうなると同記者の取材が正しければ、「この計画は間違っている。つぶしてほしい」と言ったコンペ関係者がいることになる。当方は当初「内藤廣」氏ではないかと推測したが、その後どうも違うようだと考えたことは11月11日記事[追記]の最後に書いた通り。一体誰なのか? 思わせぶりが多過ぎるんじゃないですか、森本記者(笑)

それと、この本には「和泉総理補佐官」は見当たらない。また技術面では、<「キールアーチ」のどこが問題なのか?>という項目(P134)があってアーチタイも少し出ているが、結果的には一般論レベルで深い検討はない。森山高至氏も自民党の無駄撲滅プロジェクトチームのヒアリング出席者として名前が出てくるのみのようである(P144)。
だが同記者と森山氏は例えば以下のような同席もある。同氏の東京新聞への寄稿などもある。
それにもかかわらず、キールアーチに関する森山氏への取材どころか、同氏がキールアーチの支持問題を指摘していたことさえ出てこない。当然知っているのに書かないのだから、何か意図があるのだろうか。技術的な内容は避けたということか。(後日注:屋根素材の件では別ページに森山氏コメント有り、12月3日記事追記参照、ただしキールアーチ支持問題指摘には言及なし)。
そして他誌とはいえ由利俊太郎氏の構造面指摘に対応するような取材等もないようだ。構造専門家に知己が有りながらもったいない話。

本のまえがきによると2013年8月の槇氏による問題提起から取材を続け、白紙撤回までに80本近い記事を書いたとのこと。そこまで入れ込んだ集大成だとすると、やはり物足りなく感じる。これは早く出すための入門編だとして、これからでも良いので更に取材を行って真相に切り込む次著を出して頂きたいと思う。

以上