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槇氏記事とZHA位置付けの実態

昨日(11月27日)になって、9月16日槇氏インタビュー記事が転載されている。
発注者と監修者、設計者の役割分担の検証を”2015/11/27 (出典:ケンプラッツ2015年9月16日)

特に重要と思われる前半部分は11月20日当ブログ記事でも紹介済みだが、今になって改めて掲載してきた意図は不明。nikkeiBPのスポーツビジネスサイトオープン記念なのかもしれないが、この記事のタイトルは誤解を招く可能性大なので、その点について記す。
まず、本記事のポイントは、以前にも御紹介済みの以下部分であると当方は考えている。
設計にはデザイン監修でザハ・ハディド・アーキテクツが14億7000万円、設計業務は4社JVが36億4648万円・・・コストや技術上の問題を発注者に報告し、時に適切な提言を行ってきたかはまったく定かではない。・・・社会に対して彼らは説明責任があるはずである。

これに対して、この記事を読む人の中にはタイトルにおける<ザハ・ハディドは日本的な曖昧さの犠牲者だった>だけに反応して、その次の<発注者と監修者、設計者の役割分担の検証を>を見逃す可能性が有るだろう。
タイトルを付けるのは大抵編集者である。同じく同誌が付加したと思われる前段の解説も次のようになっている。
<新国立競技場の整備計画について警鐘を鳴らし続けてきた建築家の槇文彦氏。デザインが責められる風潮に対し「ザハ・ハディド氏は犠牲者だった」と話す。明らかにすべきは、日本でしか通じない曖昧な役割分担にあると説く。>
これも「ザハ氏は犠牲者だった」と云うフレーズの印象が強すぎないか。個人的には「ミスリード」と言っても過言でないぐらいに思うが、先日も「小出し」疑惑を書いたように、どうも日経アーキは本問題での報道姿勢が怪しく感じる(笑)
それで旧計画におけるZHAの位置付けに関連する各種資料記述を参考に掲載。

----位置付関連資料開始----
①検証委員会 検証報告書(古阪氏担当分…P48) 
ヒアリングによれば、基本設計段階まではザハ・ハディド事務所がデザイン競技最優秀者として設計者としての領域にまで踏み込み、実施設計に移行するなかでデザイン監修業務に専念する方向に動いている。この概略の分担関係を確認するまでに要した人的・時間的負担は相当なものであった。>

ザハ・ハディド事務所の役割はデザインスーパーバイズだったが、一緒にやっていくという感じだったザハ・ハディド事務所は、屋根のデザイン以上に、スタジアムの性能を決めるボウルのデザインを主体的にやろうとしていた。>

③ZHAヒアリング
<最初は、私たちが海外でよくやるプロジェクトのように、基本計画はほぼ私たちがやって、基本設計は例えば7割で地元側が3割、実施設計になると逆に私たちが3割で地元側が7割、工事監理では私たちは1割ぐらいと、最後まで必ず関われるようにすることが前提としてあり、また最初の方で多く関わりたいという説明をした。・・・
日本の設計監修と言われるのがどういうことであるかという論議は一切せずに、このプロジェクトに対して、設計のためには何が必要かという議論から入っている。ロンドン事務所に来たときに、JSCには実施設計まで任せても十分実力がある事務所ということを理解していただき、その後、本プロジェクトに対して、どのように関わるのがいいのかを時間をかけて決めていった。>

④ZHA(当時)内山氏(日経アーキ10月10日号)
<基本設計の前半(13年9月~12月)は設計JVの4社から数人ずつ、構造や設備なども含めて計10人ほどのスタッフをロンドンに招いた。最初の3カ月をロンドンのザハ・ハディド事務所が中心となって進めたことで、初期段階をリードする形で基本設計がスタートした。・・・
ザハ・ハディド事務所として譲れなかった条件は、当初提案したデザインを守ることではなく、プロジェクトとの関わりを絶やさないことだった。そうした意味では、JSCや設計JVを含めて、私たちの希望するデザイン・コントロールはできていた。>

文藝春秋9月号由利氏記事…以下は実際に契約されている事実がある
<東京が招致に成功すると、ザハ氏はデザイン案採用だけにとどまらず、JSCに「設計にも関与させてほしい」と要求を突きつけたという。
 JSC広報室が説明する。ザハ・ハディド・アーキテクツより基本設計を行いたいと申し出があったのは事実です。しかしながら公募型プロポーザルで選定することが決まっており、直接随意契約することは困難なためお断りしています」
 ところがそれでもザハ氏は納得せず、結局、JSCと基本設計の「デザイン監修業務」を契約することに成功する。これが、設計段階でいくら難点が顕わになっても、ザハ案が維持され続けた大きな理由だ。・・・
 ザハ氏側から『うちのデザインを生かすには、アラップ社の優れた構造計算の力が必要だ』と口添えがあり、設計JVに組み込んだ・・・>
----資料終了----

これで皆さん改めてご理解いただけたと思うが、記事タイトルのように<ザハ・ハディドは日本的な曖昧さの犠牲者>かどうかは疑義あり。上記資料からは、「ZHAは監修者に留めようとする日本側の思惑を強力な押しで乗り越えて基本設計を主導し、その対価としてコンペ賞金2千万円を遥かに上回る14億7000万円をゲットした」というのが実態ではないか。その上「日本的な曖昧さの犠牲者」という称号まで槇氏と日経アーキから付けてもらった(苦笑)

しかもそれで設計が適切に出来ていれば良かったが、例えば基本設計書の構造説明で屋根フレームはスタンドが支えており、当初コンセプトからは逆になっている。ZHAが主導した基本設計で、日本側はそんな設計を掴まされていた。日建設計がどのような役割をしたかは問題だが、少なくともZHAが一方的に犠牲者というのは実態と違うことになる。

ZHAの押しに上手く対応できなかったという点では日本側の曖昧さは責められて当然。しかし、「ZHA+日建設計」と云う括りで考えれば、それに相対した日本側の犠牲の方が大きかったのではないかとも思える。「ZHAの実際の位置付けがどうだったか」について大きな誤解が広まってしまっている傾向を感じるため、公開資料から読みとれる実態をご紹介してみた
なお、槇氏や日経アーキは相当内幕を知っている可能性が高く(槇氏は膨大な情報が集まったと別途述べておられる)、内山氏発言や検証委員会ヒアリングが出る前から「ZHAが基本設計を主導した」ことを十分御承知と思う。その上で「犠牲者」などと言われるのには、どのような意図が潜んでいるのだろうか。槇氏発言<ある意味においては、ザハ・ハディド氏は犠牲者だった>の、「ある意味」と云う所をもっと説明して頂く必要がありそう。また日経アーキはこの「ある意味」を抜かしてタイトルにしてしまって、ミスリードを引き起こす。

以上
[追記]
日経アーキの「小出し感」の例として、先日は「西川氏の続報なし」を挙げたが他にもある。以前にも紹介したが10月10日号特集の「図解」で次の記述がある。
<。国際デザイン競技の時点では、アーチの両端をコンクリートのブロックなどで固定する支持方式を考えていた。基本設計の初期段階で免震構造の採用の可否に関わらず、アーチタイを採用する方針となったという。>

これだと「基本設計からアーチタイ採用」ということで、実際の基本設計書の記述と完全に矛盾する重大発言となる。内山氏のインタビュー記事が掲載されている特集であり、これも同氏発言とするとZHAが虚偽を述べている決定的証拠になる。それは日経アーキも分かるはずなのに、発言者を書かないで曖昧なままにする。個人的に日経アーキの本問題報道からは、「小出し」感だけでなく「寸止め」感も受ける(笑)

追記以上