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日経アーキテクチャ10月10日号特集記事に関して2

昨日記事の「またろ」氏ツィートには以下の内容もあり、ザハ+日建の「開閉式屋根の開閉方向変更」というVE案を評価しておられるようである。
<またろ @… 10月14日  
そして、ザハ+日建が提示したVE案ももう少し細かい内容が見えてきた。開閉式屋根は中止オプションだけではなく開閉方向変更というVE案もあったのかと。また座席数8万を「8万規模」として8万を切ることで居住性を高めようとした設計側に対し、数字にこだわりNGをだしたJSCなど…>

この案は以下図のことと思われる。開閉方向を南北とする検討案になる。
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ZHA東京事務所の内山氏によると、この検討を行うにあたって<ザハ・ハディド事務所はドイツの構造エンジニア会社、シュライヒ事務所を設計JVのコンサルタントとして招聘するよう依頼した。シュライヒ事務所は膜による開閉屋根を複数実現した実績がある。>とのこと。新たに実績があるドイツの事務所まで呼び寄せて検討している(ただし南北案は実際には採用されなかった)。一生懸命やっているということで、「またろ」氏も評価されたのかも知れない。
当方が注目したのは内山氏が<基本設計が終わった後、開閉屋根の実現性が課題となった。>と述べていることの方になる。「基本設計が終わっても開閉屋根の実現方法が定まっていなかった」ということで、これ自体がそもそも大問題だろう。

それで基本設計時の開閉屋根の方式について検討してみた。日経アーキ記事中に次の記述がある。
基本設計では膜が長方形でデザインされており、開口部からはみ出してクロスタイまで達する提案があった。
比較用にザハ案表彰式ビデオにある屋根が開く際の図(左)と基本設計書の図(右)を並べてみる。
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表彰式ビデオで開閉膜が入る中央の楕円形穴に隣接する左右の穴(小穴とする)に対して固定膜が張られている。基本設計書でも小穴に膜が張られているが、その下に開閉膜の続きも見えて部分的に2重になっているようである。

つまり基本設計書の方では、日経アーキ記事に書かれているように「開閉用の膜が長方形で開口部からはみ出してクロスタイに達している」ので小穴の下も開閉膜が通過する。それが出来るようにクロスタイに「膜が通る穴(スリット)」を開けている。以前から楕円の開口部に合わせて膜をどうやって展開するのか不明だったが、基本設計ではまさか長方形の膜を考えていたとは・・・。
長方形膜を使えば構造自体は考えやすくなる。しかし、膜通過用の穴を開けるだけでも相当無理筋と思えるが、長方形の開閉膜端部は部分的に宙に浮いていることになるだろう。小穴の上にも膜があるとはいえ横方向には隙間が出来そうだから、水や異物等が下に落ちるのではないかという懸念も出てくる。基本設計にはこのような困難さも含まれていた。
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これを何らかの方法で対策したとしても、基本設計書の構造図と矛盾がある。下図でクロスタイは「コンプレッションリング」の役割も果たすと書かれている。コンプレッションリングの説明は長くなるので別途とするが、楕円形の開口部に沿って膜が展開されるから「リング」と呼べる。しかし、上図のように穴を開けて長方形の膜が通るようにしたら「リング」では無くなる。
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基本設計構造図にまた一つ矛盾が加わったわけであるが、余りにも矛盾が多すぎて結果的に「基本設計は成立していなかった」と見るべきだと思う。成立していないのに、それを明らかにせず第5回有識者会議も通して実施設計に入ってしまったことが、ザハ案建設問題の「ポイント・オブ・ノーリターン」ではなかったか。実施設計も第6回有識者会議に示した資料にアーチタイ追加の説明が無いなど問題は多いが、その前段になる基本設計は特に注目して行きたいと考えている。

以上
[追記]
本文冒頭ツィート後半部分の<座席数8万を「8万規模」として8万を切ることで居住性を高めようとした設計側に対し、数字にこだわりNGをだしたJSCなど>の方も重要と思う。
制約の多い敷地の中に8万人を入れようとしたことで、設計チーム側とJSC側で仕様検討の綱引きが繰り返され、キールアーチ支持構造などの検討が遅れた可能性は充分考えられる。
8万人収容で多目的という仕様実現の困難さが混迷の大きな原因であったことに今や異論は無いだろう。
それに加えて「ZHAのアンビルド性」が今回も出てしまった。つまり本文で言及した「基本設計が成立させられなかったほどの難しい構造」という面が加わった。
結果的にザハ案建設問題の全体構図は以下の2つの要因の重なりではないかと見るに至った。
 (1)狭隘な敷地に各分野からの要望を盛り込んだ多目的仕様で五輪期日厳守して建設する困難さ
 (2)ZHA案構想のアイデア倒れによるアンビルド性(設計JVの構造設計含む)

(1)は分かりやすいと思うので、(2)を重点的に今後更に検証予定。
なお、日経アーキテクチャから以下の記事も出た。丁度(2)に関連することになり、同記事中で指摘されているタイバー(アーチタイ)接続方法の懸念は全く同感。
建設費3000億円の試算でも無理はなかった---ザハ案はつくれたのか、構造専門家がみた施工の難題”(
西川孝夫・首都大学東京名誉教授)2015/10/15
キールアーチ下部の梁、いわゆる「タイバー」だ。アーチ構造は一般に、両端が足元で広がろうとする。これを抑えるためにアーチの下部両端を引っ張る梁が必要だ。ところがこの梁がコンクリート製で異例の大きさだった。恐らく1本の断面は5〜8m角になったのではないか。全長350m以上で5〜8m角の断面の梁となると、プレストレストを導入しなければ十分な剛性を確保できない。梁内のPC鋼材の数も、推測だが控えめにみて5列、5段で25本程度は必要ではなかったか。
 梁の中のPC鋼材はアーチ両端部で固定する。仮にPC鋼材が25本だったとすると、その両端の合計50カ所を固定することになる。しっかり固定しているところと、固定の甘いところとにばらつきがあると、コンクリートの梁にどのような現象が発生するか分からない。コンクリートの梁のなかで力がどのように流れるかが見えない。>

この指摘に「約370mもの均質な鉄筋の製造・運搬」や「コンクリートの中でどれだけの水平性を保って固める必要があって、それを具体的に実現する方法」などの問題も加わってくると思われる。更にこれまで困難性を指摘してきた「タイバー」の免震問題も当然西川氏は認識しておられると思うので、ぜひ今後書いて頂けることを期待。

追記以上