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日経アーキテクチャ10月10日号特集記事に関して1

昨日までの由利氏記事再検証で更に検討すべき点が出て来て今後書いていく予定だが、その間に発売され紹介も行った「日経アーキテクチャ(以降日経アーキ)10月10日号」の特集記事にも興味深い記述がある。同記事への反応を検索していたら、「またろ」さんという方が以下のようなツィートをしておられた。後述の「アスリートナレッジ」記事プロフイールでは「大手施工会社にお勤めの一級建築士」で本問題論評にうってつけの方

-----ツィート引用開始-----
<またろ@… 2015年10月14日
日経アーキテクチュア10/10号にて新国立競技場の検証記事。今回はキールアーチにかなりフォーカスしている。あの長さ、あのライズの検討がどのように行われたか、70mとの戦い、屋根開閉装置とアーチ躯体のメンバー比率など、興味深い資料が目白押し。返す返すこの設計の実現を見たかった。>
<もうこういうことを言うのはおしまいにしたいが、白紙になる直前にザハ案の公開された基本設計図を元に「構造的に成り立っていない」とされた批判が、実際はかなり検討されていて、最終的には成り立っていたことを断片的ながら証明できる資料も多くあった。その時の批判者からのコメントが欲しい。>
-----ツィート引用終了-----

キールアーチに関する興味深い資料とは、主にザハ事務所東京担当の内山氏インタビュー記事にある解説や図等と考えられ以下に例を示す。
イメージ 2

確かに詳細な検討の経過は見受けられるが、この図の場合の高さ70m制限に関しては国際コンペの募集要項にハッキリ書かれている。それにも係わらず、内山氏が実際にどういう言い方をしたかは分からないが、編集部の解説は次のようになっている。
<基本設計の初期から積極的に設計JVとの対話を図る一方、発注者であるJSCとは当初から意見の対立があった。建物の最高高さをめぐる調整では、JSCが設計側の妥協案を受け入れることはなかった。JSCの要求を実現するため、デザインの象徴となるキールアーチは曲率や傾斜角を調整し、幾つもの形状を検証した。>

「JSCが調整に応じず無理な要求をした」と云うようにも読めてしまうが、JSC設置の審査委員会が高さ75mのザハ案を選定した責任はあるといえ、高さへの批判も多かった中で70mを譲らなかったことは止むを得ない対応と言えるのではないか。逆にザハ側にとっては最初からやっておくべき検討と「またろ」氏も当然理解しておられると思うが、ツィートでは「70mとの戦い」と表現され検討を高評価されたようで、更に「この設計の実現を見たかった」とまで書かれていたことには違和感を覚えた。また、同氏が以前参加された以下記事も読んだことがあり、客観的かつ的確な論評をしておられると感じていたので更に不思議だった。


-----記事抜粋引用開始-----
キールアーチで400億上がった
またろ (人手不足等による建設物価上昇で)全部は説明できません。もう1つは『キールアーチ』というものに対して、最初に考えていた構造が間違っていた部分があって。それをフォローしていくのにお金がかかったであろうことは確実でしょう。キールアーチで値段が上がったのが、僕の試算では400億くらいです。おそらく、最初に考えたザハ・ハディドの下で構造を担当した方がいるんですけど、アーチをどーんと作って、端と端にでかい重石を付ければ持つんじゃないかと。あるいは岩盤があれば岩盤に対して、アースアンカーというワイヤーを打ち込んで抑えこもうとした。その2案のがあったんでしょうけど、アンカーを打ち込まなきゃいけない場所に大江戸線の駅があった。これはさすがに動かせない。となると、あとは弓みたいに弦を張るしかないわけです。
千田 それは建築エコノミスト森山高至さんが書いていたやつですね。
またろ そうです。それは間違いなく、ここでお金が上がっている。
千田 そのあと2本で2万トンとかいうので、弦はどれだけかかるものですか?
またろ 弓矢で考えてもらえれば分かる通り、弦の部分はそんなに太くなくてもいい。張力だけです。鉄は引っ張る力がすごく強いですから、抑えると曲がっちゃいますけど、引っ張りには強いです。鉄骨でやるのであれば、上の鉄骨に比べれば10分の1以下の鉄骨でいける。ただ、それを考えたときにどうしても建物が動くことを念頭に置かないといけない構造になるわけです。
千田 例えば橋や鉄道のレールで、噛み合わせなどで温度によって長さが変わるのに対応したりしますが、それと同じですか?
またろ そういう動きももちろんあるんですけど、風とか地震とかがあったときにどういう挙動をするかで、ある程度の自由度も求められます。
千田 根本(ねもと)のところにある程度自由度をもたせると。
またろ そうですね、それをわれわれは『すべり支承』と言うんですけど、ツルツルの鉄板と鉄板を挟んでここでズリズリ動くような機構ですね。いわゆる東洋ゴム問題で偽装がありましたよね。あの免震装置の一種をそこに仕込まなければというので。それをタイバーっていう弦をある程度、何箇所に1個ずつこいつ自体に重量がありますから、どっかで地面に接しなければいけないんですよね。
千田 そんなものを世界で作った人はいるんですか?
またろ タイバー自体は土木的な中では使う方法らしいんですけど、建築で使っているのは聞いたことがありません。
千田 そういう意味では、安藤さんが言っていた日本の技術力に繋がると。
またろ ただ、あの人がその後に「なんでこんなことになったのかわからへん」と言っていたように、思っていた以上に大変なことだったと。正直、森山さんが批判していることは半分以上は正しいと思います。なぜそのときに見抜けなかったのか、と。>
-----記事引用終了-----

前掲のツィートで「その時の批判者からのコメントが欲しい」となっている。当方は「その時」(=白紙になる直前)の批判者ではないが、7月末からザハ案構造分析を書いてきた形になっているため、準対象者として上記引用記事と併せて見解を書かせていただこうと思う。
①<キールアーチで値段が上がったのが、僕の試算では400億くらいです。>
→「ザハ案では何故いけなかったのか」とおっしゃる方の中には、「コストが上がったのはキールアーチのせいではない」との見解を述べる方が結構おられる。それに対して「またろ」氏は増加試算額まで示されていた。素晴らしい取組みと思うが、ツィートの方も併せると「キールアーチで400億上がってもザハ案で実現させて欲しかった」という御見解だろうか。

②<おそらく、最初に考えたザハ・ハディドの下で構造を担当した方がいるんですけど、アーチをどーんと作って、端と端にでかい重石を付ければ持つんじゃないかと。あるいは岩盤があれば岩盤に対して、アースアンカーというワイヤーを打ち込んで抑えこもうとした。その2案のがあったんでしょうけど、アンカーを打ち込まなきゃいけない場所に大江戸線の駅があった。これはさすがに動かせない。(千田 それは建築エコノミスト森山高至さんが書いていたやつですね)そうです。それは間違いなく、ここでお金が上がっている。>
→森山氏指摘に同意されており、「アンカー」の有無に注目してきた当方の見解とも同じ。

③<(千田 2本で2万トンとかいうので、弦はどれだけかかるものですか?)
弓矢で考えてもらえれば分かる通り、弦の部分はそんなに太くなくてもいい。張力だけです。・・・
風とか地震とかがあったときにどういう挙動をするかで、ある程度の自由度も求められます。>
→「風や地震」の影響にも的確に注目しておられる。これの対応で設計JVも苦労した模様。

④<(千田 根本(ねもと)のところにある程度自由度をもたせると。)
『すべり支承』と言うんですけど、・・・免震装置の一種を仕込む。タイバーっていう弦をある程度、何箇所に1個ずつこいつ自体に重量がありますから、どっかで地面に接しなければいけないんですよね。
→これは当ブログ記事”[新国立競技場37] ZHAビデオ論点3,4 標準的橋梁建設技術との比較”(8月31日)の”論点4:アーチタイ保持構造”と同様の見解では無いかと思われる。

⑤<(千田 そんなものを世界で作った人はいるんですか?)
タイバー自体は土木的な中では使う方法らしいんですけど、建築で使っているのは聞いたことがありません。>
→非常に重要な点。「今まで使っていない方法」を使用すれば何が起きるか分からない。設計では一番注意すべきポイントになる。それがいつの間にか追加されていて(笑)、有識者会議に出された最終資料にも追加理由の説明さえ無い。まともな設計とは到底思えない。また、「またろ」氏は「土木では使う方法”らしい”」と書かれているが、一般的にも建築家の方々にとって土木は専門外という基本認識が有るのかも知れない。それが「ザハ案では何故いけなかったのか」、或いは「ザハ案支持」という建築家や建築愛好家?の方々から、構造面での分析が余り出てきていない理由になるのだろうか。しかし、専門外でも建築には構造が付き物で、例えば知り合いで詳しい人に聞くとかして、構造面も書いていただきたいと思う。その点「またろ」氏は相当突っ込んで検討されていると感じていた。

⑥<ザハ案の公開された基本設計図を元に「構造的に成り立っていない」とされた批判が、実際はかなり検討されていて、最終的には成り立っていたことを断片的ながら証明できる資料も多くあった>
→これはツィートのほうであるが、前項までの①~⑤とは説明の仕方が一変しているように感じる。つまり<断片的ながら証明できる資料も多くあった>と書いておられるが、その具体的説明が無いように思う。もしかすると同じくツィート中にある<あの長さ、あのライズの検討がどのように行われたか、70mとの戦い、屋根開閉装置とアーチ躯体のメンバー比率など>のことだろうか。
しかし、構造成立の基礎的要件になる建築では例のない「タイバー(アーチタイ)」に関しては、日経アーキ記事にはどのような検討が行われたか全く書かれていない。結果的にアーチタイへの疑問や懸念は解消されていないのではないか。「またろ」氏が日経アーキ記事から認識された「構造的に成り立っていた証明」について具体的言及を今後期待したいと思う。

⑦<(千田 そういう意味では、安藤さんが言っていた日本の技術力に繋がると。)
あの人がその後に「なんでこんなことになったのかわからへん」と言っていたように、思っていた以上に大変なことだったと。正直、森山さんが批判していることは半分以上は正しいと思います。なぜそのときに見抜けなかったのか、と。>
→森山氏による安藤氏の技術面批判も取り上げて正しいとされておられる。森山氏は構造批判者の一人(第一人者)と思われるが、「またろ」氏は記事の時(7月)と現在のツィートで何か大きな考え方の変化などがお有りだったのだろうか(「@…」の中身で同じ人と確認)。
「タイバー(アーチタイ)」について的確に書いていただいている建築家の方は貴重で更に技術的検証を期待したい。

なお、建築家の世界にも色々あるようで(グループ?)、少しずつ分かって来たのでまた書いてみたいと思う。また「ZHA+設計JV」の余りにも問題が多いと思われる設計過程について更に分析を続ける。

以上
[追記]
「またろ」氏がもし本記事を見ていただいて、当方見解へのご指摘・ご批判等あれば是非当ブログコメントやツィートなどで御記述いただきたく。
なお、先日記事でも紹介したが日経アーキ記事の[図解]に「アーチタイは基本設計初期段階で採用する方針になった」という解説が書かれている。
イメージ 1

現時点でこのような記述は同記事だけと思われるが、当方確認済みの「基本設計書にはアーチタイなし」と矛盾する。しかし、実施設計の断面図にアーチタイが有ることも事実。アーチタイの重要性が増したとも思われ、「ザハ案支持」を表明される専門家の方には、是非アーチタイの実現性や想定構造・工法・費用などの見解もお願いしたいと思う。

追記以上