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訴因に関して2

(訴因に関して1の続き)
 
訴因に関する最高裁判例は幾つかある。代表的なものを二つ挙げる。(昨日記事で紹介したネット上の見解や意見を書いている方々もこれらを根拠としていると思われる)
 
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1.白山丸事件
<事実の概要> 被告人は,昭和27年4月頃まで水俣市に居住していたが,その後所在不明となり,昭和33年7月上旬に中国で引揚船白山丸に乗り込み,舞鶴港に入港した。そこで,「被告人は,昭和27年4月頃より同33年6月下旬までの間に,有効な旅券に出国の証印を受けないで,本邦より本邦外の地域たる中国に出国した」との密出国の事実により,起訴された。
その際、検察側は密出国の日時・場所・方法を明示できなかったので、弁護側は控訴棄却を求めたが、判決は以下のように事情によっては明示しなくても罪に問えるとした。
<判旨>「本件密出国のように,本邦をひそかに出国してわが国と未だ国交を回復せず,外交関係を維持していない国に赴いた場合は,その出国の具体的顛末についてこれを確認することが極めて困難であって,特殊事情のある場合に当〔たり〕出国の日時,場所及び方法を詳しく具体的に表示しなくても,起訴状及び冒頭陳述によって本件公訴が裁判所に対し審判を求めようとする対象は,おのずから明らかであり,被告人の防禦の範囲もおのずから限定されている」。
2.吉田町事件
 <昭和56年4月25日最1小決百選>
訴因は 被告人は覚せい剤を9月26日から10月3日までの間
吉田町またはその付近において
注射または服用して
という概括的なものであった。
しかし、被告人は尿鑑定で覚せい剤成分が検出されていた。
最高裁1小決は、訴因の特定に欠けるところはない、とした。
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この二つの有名な事件は、訴因が明確で無いということで争われたが、肝心なことは二つの事件とも犯罪行為と犯人性は明確なのである。
 
白山丸事件では、被疑者は密出国で起訴されたが、出国時の詳細は分からなくても、被疑者が船で帰国しているから出国の事実は明白。
吉田町事件では、尿検査で被疑者が覚せい剤を使用していたという明確な証拠がある。
 
どちらの事件も犯罪事実と、被疑者がそれを行なったという確実な証拠もあった上での最高裁判決である。
では本事件の起訴時に犯人性は明確になっていたか。否である。
それどころか検察側は犯罪事実さえ明確にしなかった。
これでは、1と2の事件の最高裁判例を根拠に今回の事件においても「訴因の機能は①審判対象の限定と②被告人の防御の範囲を明らかにすることにある」とだけ捉えるのは無理がありすぎる。
 
本事件と1,2の事件の根本的違いを考慮に入れずに最高裁判例を適用としようとするのは不適切と考える。
根本的に本事件の訴因については、「犯人性の最小限の明示もない段階での起訴」という今までに提起されていない問題が存在すると思う。
このような起訴が有効なのか司法関係者で充分議論していただきたいテーマであると思う。
 
(続く)