kensyou_jikenboのブログ

yahoo!ブログの同名ブログを移行しました

雲取山に埋めた時期の新考察

雲取山USBメモリが埋められた時期について、基本的に二つの主張がある(弁護側は被疑者が埋めたのではないとするために「12月1日ではない」という主張がメインで「今年になってから埋めたのではないか」という提起もあるが主張時期は確定ではない)。

 ・犯人・・・10月中旬~下旬
    →「10月から仕込んだ」、「紅葉の初めの頃に登った」
 ・警察と検察・・・12月1日(頃)
    →被疑者が12月1日に山頂にいたことを示す写真がある。(「頃」の意味は現在詳細不明)

それに対して当方は以下の論拠を示して、「自殺予告メール(11月13日)の後」と思われるという考察を今まで紹介してきている。
論拠1:雲取山USBメモリを埋めることは「予告犯」から着想を得た

[考察]
犯人はラストメッセージで「11月に入ってから初めて単行本で読んで漫画『予告犯』を知り共感を覚えて、自殺予告メールで新聞紙を使う手口をちょっとだけ真似てみた」という趣旨を記載している。
まず小手調べで新聞紙の手口を真似てみた後に、単行本第一巻ラストのクライマックスシーンから「山頂とUSBメモリ」の着想を得て、雲取山に埋めたと推測する。
よって雲取山の着想は自殺予告メールの後となる。
----------------------------------------------------------------------

今までの経過は以上であるが、それに加えて重要度が増してきたアカウントアクセスと、ラストメッセージの位置付け再評価を行った結果により、以下の二つの論拠を追加して「自殺予告メールの後」という当方推測を更に補強できる新考察が得られたと考えるので本日はそれをご紹介。
論拠2:アカウントアクセス履歴で犯人のメールチェックの日時が分かる
論拠3:ラストメッセージは殆どがメールへの回答になっている

[考察]
まず論拠3のラストメッセージを先に考えてみる。
(犯人の言葉をそのまま使うと)「FAQ形式」で書かれている。
「よくある質問」ということだから、ある程度以上の質問の数と更に質問者の数も相当数ないと当てはまらない。
自殺予告メールでは受信したメールを添付しているが、それは5通であった。
5通では「FAQ」とは呼びがたいと当方は感じる。
犯人も5通だけなら、普通に「Q&A方式」としたのではないかと思う。

それに対して自殺予告メールの次の謹賀新年メールでは宛先数が7→25に増えている。
返信する宛先が多くなったということは、計23通かそれ以上のメールが犯人に届いたことになる。
これなら「FAQ」と云えるレベルにもなるということを最近の記事で書いた。
つまり、ラストメッセージを「よくある質問」に対する回答として書こうと犯人が考えたのは自殺予告メールの後である”ということは論理的に確実となる。

これを更に補強する事実として論拠2が出てくるのであるが、犯行声明メールの後の初めてのアカウントアクセスは11月6日である。
このアクセスは犯人とは断定できないが、Torであり犯人の可能性が高いと推定できる。
もし仮に5通でも「FAQ形式」で書こうと犯人が考えたとしても、一番早くて11月6日以降なのである。(11月6日や11日が犯人のアクセスではないと考えても、自殺予告メール当日の13日に延びるだけである)
アカウントアクセス履歴は正確な時刻で偽造も犯人には出来ようもないから、非常に強力な証明となる。
犯人がラストメッセージを「FAQ形式」で書こうと考えたのは、どんなに早くても11月6日、実際は自殺予告メールの後のアクセスがあったと考えられる11月15日以降と見られることになる。
確認の意味でアカウントアクセス時系列表をシンプル化して再掲する。
イメージ 1

残る可能性は犯人が「10月から仕込んだ」という仕掛けが、「FAQ形式のラストメッセージではない別のもの」という可能性である。
しかし、そのようなものが実際に考えられるだろうか。
「FAQ形式でないラストメッセージ」を仮に想定してみると、実は「犯行声明メール」が既にラストメッセージに相当していたと当方は思う。
「犯行声明メール」はURLやメールアドレス、レス番などがふんだんに引用されて、正確性を期したきっちりしたものになっている。
ラストメッセージにはそのようなものは全く無い。

真のラストメッセージは犯行声明メールで終わっていたと云えるのではないかと当方は考える。
また、もし犯人に「社会的メッセージ性」のようなものがあれば、犯行声明メールは正確性を重視して淡々と書いたので、再度メッセージを強調する意味で書くことはありえるかもしれない。
しかし、犯人自身が以下のラストメッセージ記述で「そのようなものは考えていなかった」と言ってしまっている。
<「刑事司法の矛盾を暴く」というような高尚な目的意識も高くはありませんでした。
また、神保哲生さんが、・・・ネット規制の動向に抗議する意図も犯人にはあったのではないか?」のように分析していましたが、そのあたりについても全く考えていませんでした。>
せいぜい付け足しのように「警察庁長官」宛に非難や揶揄があるだけ。

やはりラストメッセージは寄せられたメールへの回答を書いておくことを、犯人が律儀さと興味で考えた結果と見てよいのではないか。
つまり、メールが来ていることを知ってから発想したものである。

また、USBメモリに入れたソースコードなども三重の事件で警察は逆アセンブルできており、すでに操作説明書まで犯行声明メールに付けられていて、あえて締めくくりとして仰々しく渡すようなレベルのものではなくなっていた。
(もし犯行声明がリアルでの劇場型の渡し方になっていたら、世間は犯人の思惑通りにもっと大騒ぎになっていただろう)

クイズについても、謹賀新年メールの方はある程度は手が込んでいるとはいえ、時間をかけて充分練り上げたという感じは受けない(遠隔操作の仕組みの考案や作成などと比較したら雑といっていいレベルと思う)。
以上のようなことから雲取山の仕掛け全体としても、とても10月から仕込んだという周到な計画性などは感じられず、自殺予告メールの後に沢山のメールが寄せられた状態を見て決めたものと考えるほうが適切であろう。
当方の現在の考察はこのようなものである。

なお、この考察においては複数説は考慮していない(複数説を入れると、例えば一人は10月から準備し、一人は11月に考えたなど何でも有りのようになってしまうため)。
また、犯人が「10月から仕込んだ」という線を崩さなかったのは、捕まることと捕まらないことを例えば半々ぐらいで考えていて、まだ完全には時期の隠蔽を捨ててなかったのではないかと見る。
自殺予告メールの後のいつ埋めたかという点に関しては、12月1日が最大の候補であるが、まだ検討の余地が充分あると考えている(この点に関しては検察の複数説の影響は出てくるかも知れない)。

以上