kensyou_jikenboのブログ

yahoo!ブログの同名ブログを移行しました

ウィルス作成罪と牽連犯

以下の検察記者会見の記事があり、本事件では検察や警察の会見が少ないので貴重な資料として読んでいたら、その中の次席検事の発言に驚いた。
"捜査終結。裁判に臨む検察の陣容は、まるで大疑獄事件?!”
「ウイルス作成が立件できなかったことについては、(稲川次席は)「今ある証拠から立証が可能だということで、供用罪を選んだ。確実に立証できるものを選んでいる。第三者のPCを通じて犯行を行った、という点にスポットを当てた」と苦しい弁明。片山氏がウイルスを作成した証拠の薄弱さを認めた格好だ。 」

次席という重職に有る検察官とは思えないような発言である。まさか刑法に規定がある「牽連犯」(けんれんはん)のことをご存知無いということはないだろう。”牽連犯”とは刑法第54条の規定で、Wikiにも分かりやすい例がある。
 「たとえば、他人の住居に侵入して窃盗を行った場合、住居侵入罪と窃盗罪は牽連犯となる。」

[併合罪と牽連犯の比較](根拠となる刑法の関連条文は最後に添付する)
 ・併合罪・・・まだ裁かれていない2個以上の罪(それぞれの罪に手段・目的のような関係性なし)のことで、基本的に、「成立する罪の中で最も重い罪の刑の1.5倍」が科刑基準となる。
 ・牽連犯・・・数個の犯罪が手段・目的等の関係にある場合のことで、科刑時にはひとつの罪として扱われ、「成立する罪のうち最も重い罪の刑」で処断される。

今回の事件では、話を簡単にするためにハイジャック防止法違反を除くと、「業務妨害罪」、「ウィルス供用罪」で起訴が行われている。
犯行を行うための行為の順番としては、ウィルス作成→ウィルス行使(遠隔操作)→ウィルス経由犯行予告書込(業務妨害)となる。(ウィルスは実際にはトロイである。また行使は供用と同様と考えておく)

目的と手段で考えると以下のようになる。(目的と手段が入れ子構造になる)
 ・目的:業務妨害 ← 手段:ウィルス行使(遠隔操作)
 ・目的:ウィルス行使(遠隔操作) ← 手段:ウィルス作成

よって、本事件では「業務妨害罪」、「ウィルス供用罪」、「ウィルス作成罪」は全体的に目的と手段の関係が成立するので、牽連犯である。
つまり、本来は最終目的である「業務妨害罪」だけで起訴するのが刑法に則った措置なのである。
(目的と手段でそれぞれ犯罪があったら、基本的には目的の方が重要になるから、そちらで罪に問われる。ただし、手段の方が罰則が重ければ変わってくる場合もあるだろうが、今回は業務妨害、ウィルス供用、ウィルス作成はどれも長期3年である。また今回の犯人の真の目的と動機は業務妨害よりウィルス作成や行使の方にある可能性も高いが、最終的に影響が出るのは犯行予告書込による業務妨害となるので、犯行全体の目的は業務妨害と認定されることになる)

では何故今回「ウィルス供用罪」も立件したか。それは、最終段階の「業務妨害罪」だけだと、中間で遠隔操作によりPCを乗っ取られて踏み台にされた被害者に対する罪を問えていないからである。そして踏み台にしたことの罪を問うには、作成罪より供用罪のほうが適切である。「遠隔操作」であるから、操作=行使ということで、「供用罪」の方が被害者に対して犯人が行なった犯罪行為を直接的に表せる。
この点では、次席検事の「第三者のPCを通じて犯行を行った、という点にスポットを当てた」という見解は理にかなっているので、供用罪の方が適切ということをもっと明確に説明すればよいのである。
そして供用罪と密接な牽連関係にある作成罪は立件されないことになる。
(なお、もしウィルスが遠隔操作なしに自動的に犯行予告書込する仕様であったら、供用罪でなく作成罪の方が合致するようなことは考えられる)

こういう解釈はすぐわかるのに、検察幹部があたかも作成罪単体立件が必要と思わせるような発言を記者会見という公式の場で行なっている。本来は、司法記者クラブの記者達までもが誤解して、新聞にウィルス作成罪単体での立件が有るかのような記事が載るという事態に対して、刑法の牽連犯を適切に説明して誤解を解くことをしなければならない立場であるのに、全く唖然とするばかりである。今回の事件は司法の色々な問題点を炙り出してくれている。

なお、もう少し本事件特有の事情を説明する。
今回のウィルス(トロイ)は、自己増殖性は持っておらず、ファイル共有ソフトなどで広く拡散するような性質のものでもない(欲しい人がごく限られているし、犯人がダウンロード可能にしていた期間も短い)。また、感染しても犯人が感染したPCに対して個別に自ら遠隔操作しないと効力を発揮しないという従来になかった仕様である。よって、犯行予告書込という目的を持って、ウィルスという手段を操作しないと効力を発揮しないから、目的と手段の関係が非常に明確である。
(一昨日のウィルス作成罪に関する説明で、パソコンのグラフィックボードの例を出したが、今回の場合はノートPCのグラフィックボードのようにがっちり組み込まれていて外すことが出来ないイメージでもある)
一般的にウィルスと云うと、作者の手を離れても拡散して広まって悪さをするというイメージがある。しかし、今回のトロイはそれとはだいぶ違うので、一般的イメージで考えると誤解が生じやすいのである。
つまり、今回の事件では、手段であることが明確なウィルスの作成行為単体での立件は無理があることに加えて、ウィルス供用(行使)も手段であるが前述のように遠隔操作された被害者のことを考えて立件したから、作成と供用の密接な牽連関係で作成罪の出番はなくなると云うことである。
ただし、それでも業務妨害罪、供用罪の証明のためには、検察側はウィルス作成の証明も必要である。

参考:[刑法における併合罪と牽連犯の関連規定抜粋]
併合罪
第45条 確定裁判を経ていない2個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。
 (有期の懲役及び禁錮の加重)
第47条 併合罪のうちの2個以上の罪について有期の懲役又は禁錮に処するときは、その最も重い罪について定めた刑の長期にその2分の1を加えたものを長期とする。ただし、それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超えることはできない。
(1個の行為が2個以上の罪名に触れる場合等の処理) ←牽連犯の規定
第54条 一個の行為が2個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。

以上