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(続)「ウイルス作成罪は立件せず」に関する考察

本事件とウィルス作成罪の関わりの件で補足を行う。

1.本事件のウィルス(トロイ)作成に関する主要論点(認識)の整理

 ① 犯人 = 告白メール(10月)送信者 である ・・・検察◯、弁護◯
    →このメールには犯人しか知り得ない情報多々あり
 ② 告白メール(10月)送信者 = トロイ作者 である ・・・検察◯、弁護◯
    →メールに「トロイ開発した」と書いてあり作者認定可能
 ③ トロイ作者 = 被疑者 である ・・・検察◯、弁護X
     →これが争点
 ④ 犯人 = ウィルス作成罪立件対象 とする ・・・検察X、弁護X
     →検察は「犯人がトロイ作って使った」との主張なので作った証明必要、
      ただし、ウィルス作成罪単体では立件しない

◯、X付けたが、結果的に検察側と弁護側が一致しない論点(争点)は③だけなのである。
ただ、この事件に興味を持って考える方々の中には、③以外の論点に対しても疑義を
唱える方がいて、ウィルス作成罪の話が混乱する原因になっている。
しかし、検察側と弁護側が一致しているものは裁判所も認めるから、色々考えるのは
自由であっても、実際の裁判の進行を予想する場合には役に立たなくなる。
(今回の裁判でも③以外は争点としてほとんど取り上げられないであろう)

なお、①~④に付いてそれぞれ補足する。
①と②は弁護側がもし全体で争点が足りないような場合は、争点にしてくるかもしれない。
だが、争点は沢山ある(例えば根本的な犯行場所日時特定など)のでここで争う必要もない。

④に関しては、検察や警察の内部で一部には立件したいという意向もあったかもしれない。
例えば今後の社会的影響を考えて、「ウィルス作成罪と云うものを世間に周知させておく」
というような意図である。
しかし、最終的に立件せずで立件派がいても引き下がったことになるが、
それは後で述べるような状況で立件に困難さがあり、それを佐藤弁護士も事前に
読んでいたことになる。

③については「被疑者が犯人であるか」という事件の最大争点に直結するから当然争う。
その際、前述のように弁護側はまず前提となる①②そのものは争わないであろう。
しかし、検察側が犯行の構成要素として「被疑者がトロイを作った」という主張を行うなら、
「いつどこでどのPCを使って作成したのか明らかにせよ」と求める。
 
犯人がトロイ作者と認定するのは構わないが、それを弁護側が犯人でないと考える
被疑者が作成したとする具体的立証は求めるということである。
検察はこれに応えて立証しないと裁判で不利になっていく。

以上が本事件におけるウィルス(トロイ)作成の取り上げ方になっていくと推定される。

2. 何故「ウィルス作成罪単体で立件せず」で検察側、弁護側一致したのか(上記④)

これを考えるには前記事でも引用した佐藤弁護士発言の以下の後半部分が重要になる。
「むしろ起訴してもらっても良い。それを立証してもらわなければいけない。
 検察の方がそんな重荷を更に背負うことはしないでしょう」

これを当方は以下のように解釈している。
業務妨害罪などの審理と一体の中でトロイ作成証明求めるのと、
あえて作成単体で立件した場合の審理で求める証明とは違いが出て来る。
単体立件の方が検察の立証は困難(重荷)になることを覚悟してくださいよ。
しかし検察もそれは分かっているからやらないでしょう”

単体立件の場合の違いのポイントは「ウィルスの性質」。
従来問題になってきたウィルスソフトは、その名が示す通り自己増殖性を持っているか、
或いはP2Pソフト(例えばWinny)などで、作者が一旦ウィルスを流した後も
作者が直接関与せずに伝搬拡散するような特性を持っている。
このため被害が拡大して大きな問題になる。

翻って今回のトロイソフトはどうかというと、まず対象が「自分の欲しいソフトを掲示板で
呼びかけて探す」という、云ってみればマニアックな人向けである。
(一般的には、Vectorなどで探すことで満足するような人が多い)
そしてその人に向けて、わざわざ要望機能をある程度満たすようなフリーソフトを個別に
作成してダウンロードさせ、それにトロイを忍ばせるという方式である。
自己増殖や伝搬時複製拡散などで増える性質は持っていない。

更にダウンロードさせるだけでなく、犯人自らが遠隔操作しないと犯行予告という
悪事にはつながらないことも今回のトロイソフトの重要な特性である。
フリーソフトを要望した人以外にも、(それが欲しかったり気になったりしてか)
ダウンロードした人はいるようで、多少の拡散性はある。
しかし、最終的には犯人が遠隔操作しないと意図した動作はしないのである。

このように、「自動的に拡散かつ悪さをする動作が発生して被害が拡大する」という
従来のイメージのウィルスソフトとは性質が大きく異なるため、今回のトロイソフトを
「ウィルス(トロイ)作成行為単体で罪に問うことができるか」という課題が出てくる。
もちろん、解釈の仕方にもよるから、絶対に問えないということは無いだろうが、
その場合でも「ウィルス作成罪で予定しているウィルスソフトの定義はどういうものか
から始まって延々と技術論が続き、立証が複雑化して裁判が長期化することが予想される。
それで「検察は単体立件はしないだろう」と云うのが佐藤弁護士の読みと思われ、
結果的に当たっていたということになる。
(因みに本事件で裁判始まったら、通常の業務妨害罪より重罪である「ハイジャック防止法
 適用でも弁護側は相当争う可能性が高く、検察側には「ウィルス作成罪まで手が回るのか」
 という現実的課題があったことも想定できるだろう)

3.今回のようなトロイソフトでもウィルス作成罪が適用される可能性は?
次の様な場合には適用も考えられる。
「トロイ作成者」と「トロイ使用で犯行を行なった人物」が別人の場合である。

それぞれの人を罰するのに適用する法律は何があるか?
トロイ作成者は「ウィルス作成罪」、それを使った人物は「ウィルス供用罪」
いうことになるだろう。(使った方は今回の業務妨害罪の様に他罪適用や併合もあり得る)
被害が出たら作者も罪に問うことが社会的要請に合致する場合もあるだろうから、
従来のウィルスソフトのイメージに合致しなくても、作成者も罰することは充分考えられる。
法律は厳格なように見えて解釈の幅は結構広い。世論という社会的要請も加味される。

そのためには元々ウィルスの詳細定義までは条文に細かく書かれていないので、
必然的に実際の適用で幅を広げることになるため、解釈の問題が重要になってくる。
個々の事案での解釈が判例となって積み重ねられて、後々の判断の基礎となるが、
ウィルス作成罪は新しい法律で判例自体もまだ殆ど無いという課題がある。
立件したらほぼ前例がない状態でのやり取りになる。
「トロイ作成者とトロイ使用者が別」という作成罪が適用しやすいと思われる条件でさえ、
技術的な定義などで紛糾は必至。
裁判長期化を避ける意味でも、今回は他の罪状の中で「作って使った」という形で前述の
告白メールの内容などに基づいて立証すればよいので、
今回ウィルス作成罪単体での立件を見送った検察の判断は(この点に関しては)適切。

4. 一人で作成と使用を行なった場合でもウィルス作成罪が適用される可能性
これは例えば傷害事件を起こした人物が、凶器も作成したような場合に似てくるであろう。
つまり、凶器がどのようなものかによって変わってくる。
木や竹を削って尖らせたもの、金属を加工したナイフ、弓矢やボウガン、
手製銃、爆弾など様々考えられるから、威力も大きく違うし同じ扱いにはならないだろう。
傷害罪だけでなく、凶器を作成した罪でも立件される場合(例えば武器等製造法違反)と、
されない場合が出てくると考えられる。

ただし、これをウィルス作成と絡めて考えだすと更に長くなるので、ウィルス作成罪と本事件の関わり、
及びウィルス作成罪関連の当方の検討はひとまずこれで終結

以上